2010.07.01 Thursday
2年間の出来事1
知人Nから連絡が途絶えて約一ヶ月がたった。
家族と連絡をとった・・・と言う電話を最期に連絡はない。 僕自身、関わってきた当初から精神科の医師に止められていたとされる 「家族と連絡をとる」 と言う行為をするべきだと思っていた。 僕は、無責任であるから・・・その行為によってどうなるのか・・・そんな事は、考えもしない。 ただ、恩寵である家族と連絡を取る事が、きっと何かにつながるじゃないか・・・そう言った思いと祈りからだった。 今、どういった状態にあるのかわからない。 しかしながら・・・僕の思いと祈りは、聞き入れられたと信じたい。 彼女が、唐突に・・・それは、本当に突然に・・・あれほど拒んでいた家族とのコンタクトをした日・・・電話で話をした。 僕は、ただ・・・・良かった・・・そう思った。 良かったんだと思う。 2年ぐらいの付き合いで色々とあったが・・・・良かったんだと思う・・・。 2年と言えば・・・ 時の概念が・・・僕には、朝と夜しかない。 朝と夜が来る事、それしか認識していない。 またその朝と夜は・・・未来なのか過去なのか・・・ つまり昨日と同じなのか、全く体験した事のないものなのか・・・分からない。 なぜ・・・こんな風に思うのか? 僕の表面的な心や現象がある。 表面的と言うのは・・・浅はかな感情の揺れ動き、物資的な恵み・・・と言う意味。 それらを思った時、時間と言う観念、また物事に損得がある気がする。 そして感情が揺れ動き、日々の食べ物やお金、状況などに思い悩み考え行動する。 しかし・・・人の心と言うのは・・・もっと深く広いのだ。 自分すら認識してない何かがある。 全てを超えた何かが・・・・。 その1つに・・・・神の言葉がある。 無駄な事をしていると思われる女に語った言葉・・・無駄を咎める人たちに向かって・・・神は語る・・・ 「するままにさせておきなさい」 さらに神は・・・・誰もが無駄だと思う行為を「良かった」とされる。 人間的な思いとは、全く別の何かが作用している事を思わずにはいられない。 そして全てを超えた何かに触れる時・・・人は初めて赦される。 僕は・・・知人Nに対して・・・この言葉に従えない事があった。 どうにもならない状況から何度か合理的な観点の要求をしてしまったのだ。 Nは、怯えた。 僕は初めて人が怯える・・・と言う事を覚えた。 その経験は、今、祖母とのやりとりに良い経験となっている。 するままにさせておく・・・全てはそれで大丈夫・・・なぜなら・・・ 「失敗と言う人生はないのだから」 僕は、1つ真実を知っている。 約30年かかってやっと知った・・・ 神は、「あなたは、そのままでいい・・・」 ある時、僕にそう語りかけた・・・何もしていない僕に・・・。 何の準備も何の前置きもなく・・・唐突に・・・・赦された。 僕の中で生きることの意味は・・・その全てを尽くして・・・全てを赦す事。 見ず知らずの人に・・・命を奪われた時・・・「ありがとう・・・」 と言える・・・僕の思いはそこに集約されている。 人は、人の一部分しか見ていない。 良くも悪くも・・・ ゆるせる事もあれば、ゆるせない事もあるだろう。 ただ・・・神は・・・ 「するままにさせておきなさい」 と教えられる・・・きっと神の目から良かったのだから・・・・ 本格的に暑くなってきました・・・ 与えられる日々に感謝して歩んでいけます様に・・・ おしまい♪ |